父がよく言った。
『ぼやぼやしやがって、
お前たちみたいなのは、将来日雇い人夫になるぞ。』
確か現在、放送禁止用語ではなかろうか。
職業の貴賎の問題は、今はさておく。
父は船乗りだった。
『金がないから船乗りになったんだ・・・・。』
毎晩酒をのんでは、愚痴や説教が始まる。
そんなとき必ず『日雇い人夫』の話になる。
おかげでうちの夕食はいつも暗かった。
父の成績表を見たことがあった。
どの科目も『甲』(つまりオール5)だ。
秀才だった父が、
タンカーの、何万ガロンという原油の上で寝食し、
室温60度を超える機関室で、
きらきら舞い上がるアスベストをふんだんに吸い込み、
缶ピースを一日100本も吸い、
毎晩一升酒を飲み、
人生のほとんどを過してきたのだ。
やけになっているのだと、父を嫌っていた。
やがて反抗し、
家を出て、
父の存在などどうでもよい年月が過ぎた。
私も親になり、
その後大黒柱になり、
人並みよりちょっと多く苦労をし、
まあいろいろあって、
今は父が、
この世で一番尊敬する男となった。
幸せなことに、
父は健在だ。
先日夜のニュースの特集で、
『ネットカフェ難民』 のことを知って愕然とした。
『日雇い人夫』 ではないか。
いろいろ事情もあろうし、行政にも負うところはあるにしても、
彼ら、彼女らの多くが、
無計画のなれの果てなのだ。
父はやけくそで毎晩言っていたのではなかった。
まさに世の行く末を見極めていたのだ。
父が毎晩食卓を暗くしてくれたおかげかどうかはわからないが、
私は一応屋根のある家に住み、
人様に必要とされる仕事がある。
そして今日も子ども達に言って聞かす。
『ちゃ~んとお勉強しておかないと、
ネットカフェ難民になりますよっ!!』
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